The Shape of Jazz Media to come.



Legendary Pens of Jazz Vol.1 油井正一 言葉でジャズの鼓動を伝えた稀代の“語り部”


※執筆中の油井正一さん 提供:油井正太郎

「私の生涯の仕事は,ジャズの啓蒙にありました」

ジャズの魅力を言葉で編み,血の通った物語として伝えてきた先達たち。彼らが残した功績を,その文章とともに振り返り,ジャズ・ジャーナリズムの源泉を探っていく新企画。第1回は日本におけるジャズ評論の巨星,油井正一さん。戦後の激動期にその膨大な知識と鋭い批評眼,そして至高の話芸をもって,日本に数多のジャズファンを生んだ不世出の評論家,そのジャズに賭けた情熱の軌跡を辿る。

文:岡崎正通
※本文,略年譜,書評,コラム含む

生涯を「ジャズの啓蒙」に捧げた情熱の指針

日本におけるジャズの普及,発展に“ジャズ評論家,油井正一氏” (1918.08~1998.06)の果たした役割はとても大きいものがある。終戦から80年を迎えた今日,油井氏が活躍された頃のことを実感される方は少なくなってしまったが,アメリカから入ってきたばかりの新しいジャズの動き,ビバップからハードバップ,フリーからフュージョンと,さまざまにジャズが変遷をとげていった時代に雑誌や出版物,ラジオの番組などを通じて,ジャズ・ファンやリスナーに確かな指針を示し続けていったのが油井正一氏だった。もちろん油井氏ひとりでなく,さらに氏の先達のような方もおられるが,少なくともジャズの流れを系統的に分かりやすく,親しみやすく説かれていった点で,油井氏の存在はかけがえのないものであったように思う。
長い間にわたる功績を称えられた油井氏は1996年に勲四等瑞宝章を授けられたが,お祝いの盛大なパーティーが東京赤坂の全日空ホテル(現インターコンチネンタル・ホテル)で開かれたとき,氏は冒頭で「私の生涯の仕事は,ジャズの啓蒙にありました」と思いを込めて挨拶した。ジャズ好きが高じて仕事をもちながら評論活動をする方は多くいるものの,ジャズを主にした音楽評論一筋に命を賭けた氏のような方は,ジャズ界広しといえどもあまり見当たらない。


※“メモ魔”としても知られる油井氏が残した膨大なノートや手帳の数々は,飽くなき探究心と情熱の結晶だ。写真は膨大なレコード試聴ノートから,映像ドキュメント「The Long Night Of Lady Day」について記したページ 資料提供:慶応義塾大学アート・センター


※油井氏の残したノートや手帳,写真,テープ,書籍などの膨大な資料は,油井氏の遺族から慶應義塾大学アート・センターに預けられ「油井正一コレクション」として大切に保管されている。
            
油井氏の業績を語る前に,彼が活躍した20世紀半ばから後半にかけてのメディア状況を念頭においておくことは必要かもしれない。この時代には携帯電話はもちろん,インターネットもなく,ニュース・ソースはとても少なくて限られていた。いまなら情報を得るためにネットやAIが普通に使われるが,そんな術はまったくなく,ジャズの新しい情報は海外の書籍や専門書,レコードなどから敏感に耳を働かせて紐解いてゆかなくてはならなかった。若い方には想像もつかないことかもしれないが,こちらから手に入れに行かなければ情報など得られず,些細なことひとつ調べるのにも膨大な時間と労力が必要だった時代。もちろん一枚のレコードを買うにしても,コンサートへ行くにしても,信頼できる専門家の意見は大いに役に立った。そんな不便な時代だったからこそ,油井氏はいっそうの情熱を傾けてジャズの普及に取り組まれていったのかもしれない。

※本誌では貴重なプライヴェートフォトを含む写真,年表,著作紹介などを巻頭にて6ページにわたり特集記事を掲載しています。