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ECM:Then and Now 1 ECM 55周年とキース・ジャレット

ECM:Then and Now 1
※自宅スタジオでピアノに向かうキース・ジャレット

現在,ECMはジャンルの壁を軽々と超えて,1レーベルにとどまらないインスピレーションを様々なアートに与え続けている。そして今年は創立55周年のメモリアルイヤーであり,関連する映画の公開やコンサートの開催,次々と生み出される新譜や過去の偉大な作品群の復刻など,ECMが全方位的にその影響力を強める中,一つだけ欠落するピースがあるとすれば,最大の功労者であり,レーベルそのものを象徴するキース・ジャレットの不在ということになろうか。ここではECMの過去と現在を,キース・ジャレットの活動を軸に再度考察していくとともに,二度のストローク(脳卒中)を経て,現在療養中の彼を訪ねその姿を追った。

取材/文:稲岡邦彌

ECM55周年と『ケルン・コンサート』50周年

ECM:Then and Now 1
※キース・ジャレットと稲岡邦彌(筆者)

ECMが55周年を迎える。
ECM:Edition of Contemporary Music。今やECMをジャズ・レーベルと言い張るものはいないだろう。25周年を期して始めた“記譜された音楽” のためのシリーズ「New Series」。30年が経過した今「New Series」のカタログは200タイトルに迫り,カタログ全体の1割を超える。ミュンヘンの専門学校でクラシックを学びながらクラブでジャズを演奏,コントラバス奏者としてベルリン・フィルに席を置いていたオーナー/プロデューサー マンフレート・アイヒャーにとって “即興による音楽”(いわゆるジャズ)と “記譜された音楽”(いわゆるクラシックやコンテンポラリー・ミュージック)の両立を以て本来のレーベルが成立する。メジャー・レーベルではそれぞれのジャンルにそれぞれの担当プロデューサーが存在するが,ECMでは“即興による音楽”も“記譜された音楽”もマンフレート・アイヒャーがひとりで受け持つ。ECMはとりもなおさずマンフレート・アイヒャーのパーソナル・レーベルだからだ。マンフレート・アイヒャーにとってキーワードはただひとつ“コンテンポラリー”。“即興による音楽”も“記譜された音楽”も“コンテンポラリー”で括られる。「New Series」というシリーズ名はリスナーやディーラーのための符号に過ぎない。
マンフレートは“即興による音楽”も“記譜された音楽”もひとりでプロデュースしてきたが,“即興による音楽”と“記譜された音楽”をひとりで体現してきたアーティストがいる。他ならぬキース・ジャレットである。マンフレートとキースはお互いをなくてはならない存在としてリスペクトし合いながらECMという音楽のプラットフォームを創り上げてきた。キースにはその意識はなかっただろうが,ECMの経済の大きなシェアを支えてきたのはキースである。そのキースが2018年に倒れた。2度のストロークで左半身に麻痺が残り現役引退を余儀なくされた。翌年,マンフレートが倒れた。幸いマンフレートは軽症で,まもなく現場復帰した。
キースの足跡をたどることはECMの歴史をたどることになる。足跡といっても過去の遺産ではない。時間的な流れだ。ECM初期に録音された音楽でもキースの場合,ほとんどその鮮度を失うことがない。過去に録音された音源が次々に新譜としてリリースされているが,時代を感じさせるものはひとつもない。マンフレートとキースの審美眼がそれを許さない。ひとりキースに限らず他のアーティストの作品も鮮度を失うことがない。時流に乗らず音楽の完成度が高いことがその理由だろう。