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BRAD MEHLDAU Ride into the Sun 静けさの中の共鳴 ― ブラッド・メルドーが綴るエリオット・スミスへの返歌


※Photo by Yoshika Horita

2003年にこの世を去った孤高のソングライター,エリオット・スミス。その儚くも鮮烈な音楽に長年魅せられてきたピアニスト,ブラッド・メルドーが,ついにスミスの楽曲をほぼ全編にわたって取り上げたアルバム『ライド・イントゥ・ザ・サン』を発表する。インディーとジャズの境界を軽やかに越えながら,二人の芸術家の魂が静かに響き合う本作には,光へと向かうような穏やかな希望が宿っている。メルドーに,エリオット・スミスへの思いと本作に託した想いを訊いた。

インタビュー/文:落合真理

ブラッド・メルドーによる必然のトリビュート
— 『ライド・イントゥ・ザ・サン』に込められた思い

ブラッド・メルドーによるエリオット・スミスへのトリビュート作品『ライド・イントゥ・ザ・サン』は必然であったと私は感じている。
90年代のLo-fiシーンの寵児エリオット・スミスは,一部のファンやアーティスト間ではカート・コバーン以上にカリスマ的存在で,まさにLAルネッサンスの中心人物であったわけだが,2003年に突然,謎の死を遂げる(※自死か他死かは未だ分かっていない)。アルコールと薬物依存症を克服した後の非業の死に,音楽業界のみならず,多くの人々が大きなショックを受けた。しかし,何度もスミスと同じステージを踏み,年齢も近く同じ志を共にするメルドーにとって,それ以上の衝撃であったろうことは想像に難くない。
メルドーは,スミスがリハビリ施設に入るすこし前まで,プロデューサーのジョン・ブライオンを通じて,彼の楽曲を何度も演奏している(※ライブイベント『ザ・ジョン・ブライオン・ショー』で楽しそうに演奏する彼らをYouTubeで見ることができる)。お互いの音楽性を認め合い,共鳴し,影響を与え合う関係性であった二人の間には特別な絆があり,今作が発表されるまで約22年の月日が要されたのには,彼なりの理由があったはずだ。
今回,メルドー本人にその真意を訊くことができたので,その内容をジャズイン読者と共有したいと思う。

闇をくぐり抜けて──“孤独”と再生の記憶から生まれた動機

−−− このプロジェクトは,あなたの中で長い間温められてきたものだと思いますが,いま改めてエリオット・スミスの楽曲を掘り下げようと思ったきっかけは?
 

ブラッド・メルドー(以下BM) 今回のプロジェクトに取り組んだのは,実は個人的な理由からなんだ。数年前に私自身,1年以上続いた長い鬱の状態から抜け出して,それは辛いものだった。その時,エリオットが抱えていた闇を近くに感じられたような気がしてね。同時にその体験を物語としてリスナーと共有したいと思った。エリオットの音楽は癒しの音楽であり,暗闇の中にいる人たちに「あなたは一人ではない」とそっと伝える音楽でもある。鬱で最も辛いことの一つは,「孤独」を感じることだからね。

−−− アルバムタイトルの『ライド・イントゥ・ザ・サン』は,<カラーバーズ>の歌詞「Everyone wants me to ride into the sun…」から取られています。このフレーズはあなたにとって,どんな意味を擁しているのでしょうか。

BM エリオットがあの一節を歌う時,とても含みのある終わり方をしているよね。もしかすると,周囲の人たちが自分の早すぎる終焉を予期しているような,ある種のブラックユーモアとして,この言葉を用いたのかもしれない。彼には確かに,そういうダークユーモアのセンスがあったから。でも彼には“回復力”もあった。だからこそ歌詞の続きは「But I ain’t gonna go down」となっているんだ。現実として彼は生き延びることはできなかったけれども,音楽的レガシーという意味では,“永遠という勝利”を手にしたと思っている。

▼本人のコメントが入る本作のメイキング映像を見る


『ライド・イントゥ・ザ・サン』(Nonesuch)