山口ちなみ,寺島靖国<ザ・ケルン・コンサート>を再構築 即興,非即興に囚われない新たな“音楽”のあり方とは
- 2025年12月18日
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※山口ちなみと寺島靖国 Photo by Shinichi Takahashi
クラシック・ピアニストの山口ちなみが,キース・ジャレットによる『完全即興」の金字塔『ザ・ケルン・コンサート」を譜面から再構築し新たな息吹を吹込んだ。プロデューサー寺島靖国は,彼女の演奏に即興,非即興,ジャズ,非ジャズといった概念に囚われない新たな音楽のあり方を見出し,この賛否両論を呼ぶ挑戦をCD化することに決めた。この作品はジャンルを超越した“音楽”そのものの未来を我々に問い掛けている。
山口ちなみ(クラシック・ピアニスト)
寺島靖国(寺島レコード・プロデューサー)
取材/文:稲岡邦彌(音楽ジャーナリスト)
寺島「ジャズでもないクラシックでもない,“音楽” だ!」
クラシックのピアニストとして学び,演奏活動を続けてきた山口ちなみがキース・ジャレットの<ザ・ケルン・コンサート>に挑戦,CD をリリースした。彼女の演奏のベースとなるのは 1991年にショット・ミュージックから刊行されたキース・ジャレット監修のピアノ用の譜面。レーベルはジャズ・アルバムをリリースしてきた寺島レコード(ディスクユニオン)。ところで,寺島さんはプロデューサーとして彼女が演奏する<ザ・ケルン・コンサート>をジャズとして捉えているのか,はたまたクラシックとして捉えているのだろうか? 寺島「彼女の演奏は,ジャズでもなく,クラシックでもありません。もっと広い意味でジャンルにとらわれない “音楽” として捉えています」。そもそも,世界中で400万枚以上のビッグ・セールスを記録しているキース・ジャレットが演奏した<ザ・ケルン・コンサート>をクラシックのピアニストが演奏し,録音することに対して賛否両論が巻き起こっていることも事実である。キース・ジャレットをジャズ・ピアニスト,『ザ・ケルン・コンサート』をジャズ作品と捉えていることから起こる現象である。寺島「だからジャズ界はいま勢いがないんです。貧困といってもいいでしょう。自分で掘った穴から抜け出せない。もがいている。常識的なんです。突拍子もないことをやらなければ駄目なんですよ。今回山口ちなみという逸材を得て一石を投じてみたということです。ジャズかクラシックかという議論は二の次。僕の挑戦を受け入れてくれたディスクユニオン。そしてメディアとして取り上げてくれたJaz.inに感謝したい。あとは山口ちなみの演奏が多くの“音楽ファン”の琴線を震わせてくれることを願うばかりです」。
山口「ケルン・コンサートはこれまで聴いたことがなかった」
山口ちなみは,和歌山県新宮市の出身,大阪芸大演奏学科を首席で卒業後,武蔵野音大大学院器楽専攻ヴィルトゥオーソ・コースを経てソリストとしてデビュー,クラシックのピアニストとして好成績を上げ,内外で共演を重ねるなど順調にキャリアを積み上げつつある精鋭。山口「私はキース・ジャレットの名こそ知ってはいたものの,彼の名作として評価の高い『ザ・ケルン・コンサート』も聴いたことがなかったのです。それどころか,ジャズをジャズと意識して聴いた経験がありません」。いまや,ホテルのラウンジから,エレベータ,カフェ,ファミレス,蕎麦屋までBGMとしてのジャズが溢れ,来日ジャズ・ミュージシャンが日本はよほどジャズの盛んな国と誤解するほど。しかし,彼女のように世の中にはそれをジャズと認識していない人たちもいるのだ。そんな彼女が<ザ・ケルン・コンサート>と触れ合うきっかけだが。山口「知り合いのクラシック関係者から突然<ザ・ケルン・コンサート>の譜面を手渡されて。しかも3ヶ月後には霞町音楽堂でのコンサートを開くことになったのです。クラシックのピアニストですから,譜面さえあればと気軽に引き受けたのですが,これがなかなかの難物でした」。3ヶ月で仕上がったのだろうか。山口「初演はまだ自分自身で納得できていない部分もあり正直なところハラハラドキドキでした。馴染みのあるお客さんの顔も見えず不安でした。ところが,夢中で弾いているうちに,会場からすすり泣きの声が聞こえて来たのです。あっ,伝わっているんだと安心した瞬間,自分の目に涙があふれてきてもらい泣きしてしまいました」。
寺島「生ピアノの音にやられてすぐ録音を決めた」
山口ちなみはどのようにしてプロデューサーの寺島靖国と出会ったのだろう。寺島「知り合いに誘われて出かけた彼女の3度目のコンサートを聴いて彼女の弾き出す生ピアノの美しさにやられてしまいました。僕らオーディオ・マニアはいつも何らかのオーディオを通して音楽を聴いています。だから霞町音楽堂のスタインウェイの生音で聴く<ザ・ケルン・コンサート>が妙に新鮮でした。ピアノの生音の美しさと<ザ・ケルン・コンサート>の素晴らしに改めて感動してしまったんです」。

『ザ・ケルン・コンサート/山口ちなみ』(寺島レコード)
▼山口ちなみオフィシャルHP
http://chinami.site/