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戦禍のテルアビブ,ジャズメンの想い

今年10月,深刻な戦禍がテルアビブを覆い尽くし,音楽の街が沈黙に包まれた。しかし,その中でダニエル・ドールとニタイ・ハーシュコビッツは,戦争の暗闘に抗い,音楽で希望を紡ぎ続けた。共同プロジェクトと並行して,ダニエルは教育者としても活動し,若者たちに創造し続けることの大切さを説いている。一方,ニタイは最新ソロ・アルバム『Call on the old wise』でマンフレッド・アイヒャーと共に深遠な音楽の旅を提供する。彼らの旋律が,沈黙に閉ざされた街に響き渡り,未来への希望を語りかけている。

インタビュー/文:樋口義彦・陽子

戦禍のテルアビブ,ジャズメンの想い
インタビュー中のダニエル・ドール(ds) ©yoko higuchi

10月7日朝,ロケット攻撃を告げる警報が鳴り響いた。大勢のテロリストがガザから越境し,複数の集落で次々と自宅に侵入して市民を殺害,誘拐し,また開催中だった音楽祭も襲撃した…想像を絶する出来事に人々は言葉を失った。ハマス解体と人質解放を目標に掲げたイスラエル軍の攻撃では,ガザの多くの市民が犠牲となっている。戦争勃発から二ヶ月が経過するが,多数の人質は拘束されたまま,また,犠牲者は増え続け,人道状況は悪化の一途を辿っている。心の痛い日々が続く中,テルアビブのジャズメンはどんな想いで音楽と向き合っているのか。
アビシャイ・コーエン・トリオとして訪日歴もあるドラマーのダニエル・ドールは,ECMから初のソロ・アルバム『Call on the old wise』を発表したばかりのニタイ・ハーシュコビッツと,新たな共同プロジェクトに取り組んでいた。その二人に話を聞いた。

ダニエル あの日の朝,警報が何度も鳴ったけど,何かの間違いだと思った。前代未聞の事件が起こったと知り,とてもショックを受けた。その頃,ニタイと始めたデュオのプロジェクトの真っ只中だったので,曲を作って,食事をして,そして録音するという日々を二人で繰り返していた。あの直後も二人で会った。そして,僕らにとって何より大切なことは,このプロジェクトを続けることだと最初に確認し合った。少しずつ,新しく美しいものが生まれる実感があったから,止めたくはなかった。僕らから音楽を奪われたくなかった。ただ,アパートの隣人がどのような気持ちでいるのか,もしかしたら身近に犠牲者がいるかもしれないと考えて,できるだけ音の漏れないスタジオで二人ひっそりと取り組んでいた。

ダニエルと一緒に過ごしていたニタイは,当時の様子を振り返りながら,音楽家として大切なことを確認したと強調する。

ニタイ まず,音楽のことを忘れてはならないと思った。音楽は,魂や精神を作り出すもので,目の前の現実的なことではなく,もっと心の内側へと導いてくれる。それに,音楽はきちんと必要としている人に届き,寄り添ってくれる。自分は音楽家としてそれが音楽の力だと信じてきた。多くの人たちは,あの日に起こった惨劇,また直面した暴力に気持ちが奪われているかもしれないけど,僕らは音楽を通じて少しでも安らぎを生み出したかった。ロケット弾を知らせるサイレンが鳴るたび,避難する繰り返しだったけれども,とにかく,何かに取り組み,動き続けていることが大事だった。