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Conversation with Avishai Cohen アビシャイ・コーエンの故郷にて 唯一無二の音楽性その原点を知る

いまやメインストリーム・ジャズの一翼を担うイスラエルシーンの第一人者で
あり,音楽界をリードする存在,アビシャイ・コーエン。4月に来日ツアーを
控えるアビシャイに,彼の朋友,樋口義彦・陽子夫妻が密着。インタビューはアビシャイの両親の家で終始リラックスした雰囲気のなか行われ,両親も参加するなど,アビシャイの幼少期や学生時代,チック・コリアとの貴重なエピソードまでも飛び出した。アビシャイの創作の源泉,国境を越えて固い絆で結ばれた彼らのカンバセーションの模様をお届けしよう。

インタビュー/文:樋口義彦・陽子

Avishai Cohen
実家の寛いだ雰囲気でインタビューに応じるアビシャイと,母(オーラ)/写真:Yoko Higuchi

自身のトリオ,小曽根真とのデュオAmity,ラテン音楽バンドIroko,そして,オーケストラ「An evening with Avishai Cohen」と幅広い活動を精力的に続けるアビシャイ・コーエン。「感情や思い出,自分自身の人生全てを描き出すのが音楽」というアビシャイ・コーエンの作品は,特定のジャンルに収まりきらない。
4月の来日を前に,アビシャイを育んだ自然豊かな両親の家で待ち合わせ,彼の今の思いを聞いた。

—— この家で音楽はどんな存在だった?

アビシャイ(以下A): 両親はとても音楽好きで,歌ったり,踊ったり,いつも多くの人が集まっていた。流れていたレコードは南米,アフリカ,クラシックなど多様だったし,姉や兄もいろいろと聞かせてくれた。

—— 実際に演奏をはじめたのは?

A:姉のために買ったピアノが家にあり,8歳頃から自由に鍵盤を叩いていた。見よう見まねで作曲のようなことをして,作り出した音楽を忘れまいと,鍵盤の近くに貝殻を置いていたことを覚えている。自分で創り出したものを,残そうとする気持ちがあったのだと思う。これまで多くの曲を作ってきた今では,その気持ちの尊さがよく理解できる。正直に言うと,楽譜を見ながら弾くことは苦手だった。バッハの曲など耳で聞き取ることはできたけど,他の人と同じように練習することが自分には苦痛だった。でも,音楽を辞めたいとは思わなかった。

—— 子どもの頃,音楽以外で楽しかったことは?

A:自然だね。馬を飼っていて,馬と過ごす時間が多かった。学校でも馬の絵をよく描いていた。馬と自分だけの時は,いろいろ考えたり想像する時間だった。少し怖くて,でもそこには自由な時間があって,度胸も生まれた。とても意味のある時間だった。

母:アビシャイが10歳と11歳の夏休み,アメリカ・メイン州での演劇のサマーキャンプに参加した。その経験が彼にはとても大きかったと思う。