The Shape of Jazz Media to come.



<全文公開>ブラッド・メルドー 多層的なピアニズムが刻む30年の軌跡

文:杉田宏樹
(記事はVol.23に掲載)

1970年生まれのブラッド・メルドーが,ワーナー・ブラザーズからメジャー・デビュー作を発表したのは95年。クリストファー・ホリデイ盤を皮切りに,ピーター・バーンスタイン盤やジョシュア・レッドマン盤で初期のレコーディング・キャリアを築いた5年目のことだった。30年前のメルドーが聴ける『イントロデューシング・ブラッド・メルドー』は,すでに個性と魅力を発揮していて,大型新人を証明した内容だ。94年の参加作であるマーク・ターナー盤と同じラリー・グレナディア&ホルヘ・ロッシーと,ジョシュア・カルテットの同僚であるクリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイドとのトリオ2組で収録。〈カウント・ダウン〉のソロ・パートは作曲者ジョン・コルトレーンのスタイルを踏まえた右手の高速プレイで始まり,続いて両手のオクターブ奏法で楽曲の世界を展開する。〈フロム・ディス・モーメント・オン〉は定石よりも速いテンポのテーマが,先発ソロのピアノに進むとさらにスピードが増して,ここでもオクターブ・プレイが登場。疾走感を煽るブレイドのドラミングを得たメルドーのソロは,このトリオならでは表現世界だ。10分におよぶデューク・エリントンの〈プレリュード・トゥ・ア・キス〉で聴けるドラムとの小節交換におけるピアノも,オクターブ奏法のバリエーションと言っていい。オリジナル曲〈ヤング・ウエザー〉は,トリオによるエンド・テーマで終わらずにピアノ独奏が続く。そこでは右手と左手が同時に異なる主旋律を奏でていて,これもまたメルドー独自の奏法である。
グレナディア&ロッシーとのオリジナル・トリオは,96年に『アート・オブ・ザ・トリオ Vol.1』を録音。2000年までに全5集へと成長するシリーズになり,トリオが進化するプロセスの記録という側面も持つ。97年の『Vol.2』に続く2枚目のライヴ作となった99年録音作『アート・オブ・ザ・トリオ4:バック・アット・ザ・バンガード』の〈オール・ザ・シングス・ユー・アー〉。バド・パウエル,ハンプトン・ホーズ,ビル・エバンスが吹き込み,83年にキース・ジャレット・トリオが革新的な演奏を残した名曲を,メルドーは以前のピアニストと同じような手法を踏襲せずに,独自性を発揮。まず大胆なアレンジのピアノ独奏でテーマを提示し,トリオ合奏で改めてテーマを奏でると,ベース・ソロに続くピアノ・パートにおいて右手でアドリブ,左手でテーマ・メロディを同時に奏でるという,まさに神業を披露する。エンド・テーマに至っても着地点が予想できない中,意外な形で終了するのも,トリオの進化した姿だ。
さらにメルドーの特徴的なスタイルが認められる楽曲が,オリジナル・トリオの最終作となった2006年発表の『ハウス・オン・ヒル』にある。そのタイトル・ナンバーのピアノ・パートで出てくるのが,もう1人のピアニストが参加しているかのような奏法。これは音域の高低差を利用したもので,中~高音域の主旋律に対して別の角度から低音域のラインを加えることによって,ピアノの連弾に似た効果が現れている。
約30タイトルを数えるディスコグラフィーにあって,ソロ・アルバムの歴史を振り返るのも重要だ。自作9曲を収めた99年録音の初作『エレゲイア・サイクル』は当時,それ以前のトリオ作とはまったく異なる作風ゆえに賛否両論を巻き起こしたわけだが,その後,世に出た作品群を踏まえればメルドーの美的センスによって生まれた“原点”であることは間違いない。「哀歌」「循環的な作品」を創作の重要なモチーフにしており,突然変異的な印象を受けたアルバムが,実はクラシック音楽のベートーベンやシューマン,ジャズのジョン・コルトレーンやビル・エバンス,文学のアレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズを吸収した時間によって醸成された収穫だったことを見逃してはならない。圧倒的な熱量とテクニックの「メモリーズ・トリックス」等,四半世紀を経た今こそ,改めて耳を傾けてほしい作品だ。
2003年録音・2004年発表の『ライヴ・イン・トーキョー』,2006年録音・2011年発表の『ライヴ・イン・マルシアック』,2004~2014年録音・2015年発表の『10イヤーズ・ソロ・ライヴ』はいずれもスタンダード,ジャズ,ロック,自作曲からの選曲で,“ソング”に対するメルドーの拘りを感じさせる。一方,2017年録音・2018年発表の『アフター・バッハ』,2020年の『組曲:2020年4月』,2020年録音・2023年発表の『ユア・マザー・シュッド・ノウ』,2017年&2023年録音・2024年発表の『アフター・バッハ Ⅱ』,2023年録音・2024年発表の『アプレ・フォーレ』,そして最新作『ライド・イントゥ・ザ・サン』と,スタジオ作はいずれもソングブック。作家性への愛がアルバムに溢れているのだ。


『イントロデューシング・ブラッド・メルドー』(Warner Bros/Wea)


『アート・オブ・ザ・トリオ Vol.1』(Warner Bros/Wea)


『ハウス・オン・ヒル』(Nonesuch)


『エレゲイア・サイクル』(Warner Bros/Wea)


『ライヴ・イン・トーキョー』(Nonesuch)


『アプレ・フォーレ』(Nonesuch)

▼『アプレ・フォーレ』収録<プレリュード>を聴く